実家じまい|後悔した5つのこと

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近頃よく聞く機会が増えた実家仕舞い問題。
ついに私にもその時が来た。

去年、私は100年続いた東北の実家を手放した。

田舎で生まれ育った私の家は100年の歴史がある古い古い、いわゆる本家とよばれる実家に生まれ育った。
そこで生まれた私と弟2人は高校を卒業と同時に実家を出ていった。

誰も家業は継がなかったのだ。それを嫌がったわけではなく、両親の

「好きな道に進みなさい」

の言葉に甘えて先のことを考えず行動してしまったからだろうか。

それから3人の子供達、つまり私たちが実家を出てから10年と少し経って父が病気で他界、
そして2年後、母もステージ4の癌がわかり、あっという間に亡くなった。

それから私たちは相続について話し合いをした。
ふたりの兄弟はどちらも相続放棄。私だけが相続することに。

そしてやはり今回も、誰も実家には残らない選択をした。理由は「道の途中」だから。
それぞれ都会にいて仕事もして、家庭を持ったりで、生まれ故郷であっても、簡単に戻ることは難しかった。

相続についてはお決まりの流れのように、言い方は悪いけれど親戚から何の責任も取らない言葉。

「この家を手放すなんて考えないでちょうだい。」とか
「これを機にここで暮らしたらどうなの。」とか
「この家は取り壊してほしくない。」などなど

・・・今思えば無責任な言葉に流されて安易な決断をしていた。

わたしは感情に流されて相続を決め、現実、帰省は年に2回から1回、気がつけば2年経ち・・・およそ10年が経過した。
ほぼ放置状態なので管理も行き届かないまま、老朽化は進み、このままでは隣接の家屋に影響があると判断し、実家仕舞いをすることを決意した。

ほぼひとりで進めた実家じまい。簡単なことではなかったし、心も体も抉られることも多かった。

終わってみて思うのは、後悔がいくつもあるということ。

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後悔① お金

実家は100年続いた家業を営む店舗兼住宅だった。
約300坪の土地には、仕事で使っていた部分の機材がそのまま残っていて、住居部分には何十年分もの家具家財、着物、仏壇、祠(ほこら)もあった。

「実家は古いけど坪数も大きいし、多少の金額で売れるだろう」。そう思っていた自分の甘さを、最初に思い知らされた。

実際にお金がかかったのはこれだけある。

  • 不動産業者とのやりとり
  • 解体する場合の見積もり
  • 不用品整理業者
  • 魂抜きの段取り

どこから手をつけようか、嫌になるほどだった。相場もわからないので、AIと壁打ちしながら業者とやり取りをして、予算を決めて合わなければ別の方法を考えた。

お金をかけないようにするには自分が動かなければいけない。でも何度も足を運べば、時間もお金も倍速でなくなっていく。最終的に、私はインターネットの一括査定で不動産業者を決めた。司法書士とのやりとりも含め、不動産業者に全てを任せることにして進めた。

そして、150万円以上を「支払って」手放した。売却益はゼロ。むしろ持ち出し。

田舎の家の売却に、価格はつかない。それを実家じまいで初めて知った。

もっと早く手放せばよかった。


後悔② 決断は感情を入れないこと

「あの家をどうするか」について、地元の親戚たちはいろんなことを言った。

「まだ売らなくていい」
「もう少し様子を見ては」
「先祖代々の家だから」

その声に引きずられて、私は判断を先送りにし続けた。
感情論に流されたが、今思うとその声には何の責任もなかった。

今ならわかる。田舎の家は価値が上がることはない。
感情に邪魔をされて理解しているのに決断できなかった最大の私のミス。

親族の「もったいない」という声は善意から来ていることも多いが、その声に従った結果、決断が遅れた。家を持っていても活用しなければ老朽化は早い。雪が降る地域では隣家への落雪などさらに危険も増す。建物は老朽化し、最終的な処分費用も増えた。

感情を切り離してすぐに整理を始めるべきだった。

早く動けばよかったという後悔は、今でも残っている。

簡単と言えば簡単だったと思う。専門家を挟んでYes・Noを決めるだけだったから。そんな感情も何度も出てきてはいたけど、大事なのは今、命のある自分がこれからをどう生きるかというところだと(戒め)た。


後悔③ 相談できる相手がいない

両親はもういない。地元の親戚は高齢だし仲のいいご近所に聞いてもいわゆる昔の常識を並べてくるだけ。

処分に高額の費用がかかることがわかったとき、とても勇気がいったが意を決して弟に連絡した。
せめて少しでも助けてもらえないかと思って。

返ってきた言葉は「相続放棄したので、支払う義務もないしなにより自分には関係ない」という回答だった。

あのときの感覚は今でも忘れない。孤独というより、静かな絶望。

後から思えば、もっと早く専門家に相談すべきだった。
司法書士、不動産のプロ、不用品・遺品整理業者——感情を持ち込まずに現実を教えてくれる人たちに、もっと早く頼るべきだった。

親族に相談すると感情論になりやすい。専門家はならない。その違いは、経験してはじめてわかったこと。


後悔④ 知識ゼロで売却に挑んだ丸腰のわたし

実家の売却は、完全に手探り。

相場がわからない。「訳あり・古家あり」の物件がどう評価されるかも知らない。
ネットで調べて、一括査定サイトに登録して、何社かに問い合わせた。

何社にも同じ情報を入力し続けるのは、想像以上に時間も気力も奪われた。
それでも、一社に絞らず何社も見積もりを取ったのは良かったと思っている。

私が査定で一番気をつけたのは「いかに負債を抱えないか」だった。古い家を持ち続けることは、固定資産税・管理コスト・老朽化リスクをずっと抱え続けることになる。だから査定額の高さよりも、「本当に手放せるか」「持ち出しがどこまでで済むか」を基準に業者を選んだ。

査定サイトで見つけた不動産会社と、結局一度も直接会うことなく、電話とメールだけで売却が完了した。
知識がなかったから、「これは正しい判断なのか」「騙されていないか」という不安が最後まで消えなかった。


後悔⑤ 全部、捨てた。

言葉にしにくいけど後悔しても仕方ない。

会社員だったので実家には何度も帰れない。飛行機の時間もチェックしながら、限られた時間の中で、膨大な荷物を仕分けしなければならなかった。

両親や自分が子どもの頃の写真アルバムも、捨てた。
母の着物も、祖母の着物も、アクセサリーやバッグ、装飾品‥捨てた。
父が大切にしていた楽器も、レコードも、全部全部捨てた。

時間があれば売れたものもあったかもしれない。でも時間はなかった。気力も限界だった。

とにかくすごい量の仕分けは、脳と体力のリソースを大幅に使った。

今は「あれは全部、頭の中のクラウドに保存」と思うことにしている。後悔はあるけれど、あの状況の私にできる精一杯だったとも思っている。

ちなみに、写真だけはどうにか残しておきたいという人には、Googleフォトが一番手軽。無料で15GBまで使えて、キーワードで検索できるくらいAI機能が優秀。容量が足りなくなったら、月額数百円からのGoogle Oneで拡張できる。

すでにAmazonプライム会員なら、Amazon Photosが断然お得。プライム会費だけで写真が容量無制限になる。
フル画質・無圧縮で保存されるので、画質にこだわりたい人にも向いている(動画は5GBまでの制限があるので注意)。

月額課金をしたくない人には、pCloudの買い切りプランも選択肢。
一度購入すれば、その後は月額費用なしで使い続けられる。

私もあの時、せめて写真だけはどれかに残しておけばよかったと今でも思う。


まとめ。やっておけばよかったこと

実家じまいを終えて、これだけはやっておけばよかったと思うことをまとめています。

  • 処分費用は多めに見積もっておく(売却益ゼロ・持ち出しの可能性もおおいにある特に田舎は)
  • 感情の整理より先に、現実の整理を始める(家は時間とともに傷んでいく)
  • 専門家に早めに相談する(不動産・司法書士・不用品整理のプロ)
  • 査定は早めに動いてみる(情報収集だけでも価値がある)
  • モノの処分は気力があるうちに、計画的に時間を確保する

感情と理性が行き交う実家じまいに正解はないと思う。
でも、知っておけば困った時に、なにかの役に立てれば幸いです!

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